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富岡鉄斎(とみおか てっさい) 略歴

  • 1836年 京都に生まれる
  • 1859年 羅渓慈本に詩文を学ぶ
  • 1867年「銕荘茶譜」を出版
  • 1869年 立命館の教員となる。「称呼私弁」「山陽詩註」を出版
  • 1877年 大鳥神社官司となる
  • 1886年 京都青年絵画研究会の品評員となる
  • 1892年 京都美術協会評議員となる
  • 1893年 京都市美術工芸学校教員となる
  • 1895年 日本青年絵画共進会協議員となる
  • 1896年 「旧蝦夷風俗画」を描く
  • 1897年 田能村直入らと日本南画協会を発足
  • 1908年 「阿倍仲麻呂唐明州望月図・群仙高会図」双幅完成
  • 1913年 堀川頭瑞院「大石山科幽居」襖絵12枚を制作
  • 1914年 「阿倍仲麻呂明州望月図・円通大師呉門隠栖図」六曲屏風一双を制作
  • 1917年 帝室技芸員となる
  • 1919年 帝国美術院会員となる
  • 1922年 画集「百東坡図」刊行
  • 1924年 死去。享年88

富岡鉄斎

朱鐘馗(しゅしょうき)

「辟邪降福(ひじゃこうふく)」

— 邪を辟(しりぞ)け 福を降(くだ)す —

 

鐘馗は、大きな眼と髭面が特徴の魔よけの神様です。ハッタと見上げているのは、天空を自在に飛び回る一匹の蝙蝠(こうもり)。中国では蝙蝠は縁起のよいものとされ、「蝙」の字は「福」に通じ、朱描きするのは「紅」色が「降」の字に通じるためで、「降福」は「幸福」の意味となるといわれています。

鐘馗の絵は鉄斎得意の画題で、まるで歳時記のように端午の節句にあわせて長年描いていました。

鉄斎は吉祥図などを描く際にもその典拠にこだわり、5月5日の午の初刻(午前11時)に朱筆で鐘馗を描き、午の正刻(正午)をもって瞳に極めて小さな墨点を入れて仕上げるという清代の文人の描法に倣ったもので、尚古主義の鉄斎であればこそこれらをそのまま踏襲したと思われます。

版種 木版画
画面寸法 33×26.8㎝
額(軸)寸法 44×33㎝
工房 芸艸堂
価格 38,500円(消費税10%込)
その他

木製額

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